書肆短評

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寄稿募集:アニクリ 2019秋号(コピー本)vol.4.6「 “死” / “廃墟”から透かした2019劇場アニメ」事後報告+PDF配布

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お品書きです。(2019.11.23)

 

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新刊本編はカット袋状のものに穴あきのシートが封入されています。

(2019.11.24)

 

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紙版を購入できなかった方のために、アニクリvol.6.6「続・終物語」の時の鏡箱/横スクロール筒の時と同様にネットプリントで配布しようと思ったのですが、容量的にup失敗しましたため、下記の通り5年ぶりにnoteを立ち上げましたため、そちら経由にて配布させていただきます。一個100円です。

①アニクリvol.4.6_A ヴァイオレット・エヴァーガーデン外伝+ガルパン最終章

https://note.com/nag_nay/n/n02e86939a0af

②アニクリvol.4.6_B 天気の子+空青

https://note.com/nag_nay/n/n29a9e8d7c0b8

 

なお、紙版をご購入の方は対面伝書様にてDL可能(なはず)です。

※ PDFが欲しいがシリアルNoがないぞ...という人は個別にご連絡ください。( @anime_critique まで)

 

(2019.11.25)

 

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京アニの事件の後で、何を作ればいいのか(一つの同人誌というフォーマット上で何か面白いことをやるだけではなく、事件を別の形で思考するためにいかなる契機となるか)をあれこれ考えて、にえきらないままに当日になってしまいましたが、以下、編集として考えていたことを備忘的に記しておきます。

 (2019.11.23)

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(1) 穴について

 

パンチでくり抜かれた穴(傷)は、まずもって暴力そのものの痕跡であり、失われてしまった特定の部分の欠如であり、欠如がなにかを指し示してくれないという意味で「忘却の穴」でもある。

それは突如として噴出し、日常を途絶させ、日常に入り込み、不可逆的に日常とそれをとりまく環境を別の形に変えてしまうかもしれない。大規模テロであれ、もっとも個人的な事件であれ、このような一同人誌の紙面に穿たれた穴であれ、大なり小なりそうであるように。確かにこうは言えるし、その暴力のことは念頭に浮かびやすい。原理的に、歴史が1つで不可逆なのであれば、いかなるものについてもこの語りは適用できるからだ。

しかし、そういった被害の大きさやその回復不能性・計測不能性を言い募る語り口は、穴についての語りを、プログラム通りのもの、固定されたものにしてしまう。たしかに穴は穿たれたのであり、その穴は回復不能であり、計測すら不能かもしれない。被害を受けた側からすれば、生きている限り無限にこの欠如に向き合わねばならず、あるいは、まだ生きていないものにとってすら、この欠如の歴史そのものは継承されねばならない、とさえ考えられるかもしれない。

(ここで編者はデリダの「許し得ないもの」についての語りと歴史的災禍そのものの「傷つける真理」のことを、そしてすぱんくtheはにー氏の『宝石の国』論と氏をその後に襲った出来事のことを思い出す。もちろん関連して京アニ関連号とバグ号のことを思い出す。)

穴において何が見えないのか、穴を埋めようという試み(その欲望)が覆い隠すものは何か、穴を通して浮かび上がる意味(固有名/数)と非意味(必然としての意味を暴力的に付与されてしまう偶然)との間の間隙に宿るものは何か。

それが本号の問いであり、装丁の形式を定める指針である。

 

(2) 装丁について

あくまでも編集はということだけれど、今回の号では京アニの事件と「躓きの石(Stolperstein)」について考えることとなった。死者の名を一人一人刻み、過去への責任と未来への責任を引き受けんとする、あの真鍮板のことだ。

京アニの事件による36名の名前が仮に明らかになったとして、その名の取り扱いは尚も問題になる。作品との紐付けが必ずしもうまくいくわけではないのに、その名はクレジット(エンドロール)とともに「永遠」になるように思えてしまうからだ。(もちろん全くそうではないにもかかわらず)

36名の名前は、京アニ作品に触れてきたファン個人個人にとってももちろん重要である(マスメディアが喧伝し、見出してしまうような「社会的な意義」どうこうではなく)。作画から名へと遡行する鑑識眼が1つのアニメ語りの型をなしている。ように。しかし同時に、アニメという媒体が名と距離をおいてきたこともまた別の意義を有するのに...と、そのようにも思われるのだ。

指標としての名はもちろん本人そのものではないし、本人の筆致そのものを示すものでもない。しいてあげれば作品という(未完の)プロジェクト、あるいはキャラクターという(未完の)プロジェクト、あるいは...等々の名でしかない。

それにもかかわらず、死をめぐる事件は、個人に紐づけられた名を特権化してしまうし、名に対する欲望を喚起してしまう。死は(あるいは時間は、あるいは「経路」は)不用意に固有名を迫り上がらせてしまうというわけだ。

こうした逡巡は、指標にすぎない名に拘泥することの誤りばかりではなく、事件後に名が象徴的なものとなること、あるいは事件を思い起こすための触媒に落とされること、名が(歴史的に見て)必然的な意味を具備させられてしまうことの問題を惹起する。

 

そこで、名に触れないことによって作品に触れる、名に触れないことによってその人(が触れたことに)触れる...そのような触覚のことを、本誌では再現しようと試みた。単なる追悼でも、36の「石」を(一同人誌の誌面上に)並べるのでもないようなそれを...。

自ずから冊子の形態もそれに合わせて、冊子を広げて、捲って、覗き込んだならば、「穴」にすら落ち込めなかったものへと触れられるような誌面を目指すこととなった。つまりは、記念碑的に名前を与えられることによってむしろ損なわれてしまうようなものを拾い上げようとした。

①一つは印刷上で可能な穴と透過性を、②もう一つは物理で再現可能な穴をそれぞれ配置することとなった。具体的にはStolpersteinにならい、正方形の穴を物理的に誌面にはあけてある。他、文章の随所に文章を避ける(不可読的)黒「石」や、文章にまたがる(可読的)黒「石」を配置している。さらに、文章に被る半透明の「石」や、黒石を覆う白「石」を配置している。執筆者を示すのも石であるし、引用もまた正方形の「石」を浮かび上がらせる形状をもって表示している。

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同じ穴を塞ぐ石でも機能は様々である。例えば、奥を見通せてしまう(かに思える)その穴が、まさに見ることを通過させられてしまう不可視のモノを思い起こすために使われることもあるのだから。

さらには、穴はこうして意味によって埋められる穴ばかりではない。原理的に埋められない穴もあれば、埋めようとする営みによって連帯することに本体がある...そう言う穴もある(死者や秘密のことをここで思い出してもよい)。本誌で再現したのはその一部ではあるが、それに尽きるものではない。

本誌で再現したのは、①穴の性質(表現(色)の差異、物理の穴...)がもたらす差異であり、②その性質が穴の解釈に与える影響(言葉が乗るか、言葉を阻害するか)であり、③その解釈が意味を生み出す循環を受け入れるか否かという立場の差異である。

この着想はいくつかの著作に依拠している。一つは、
LINDA RADZIK, Historical Memory as Forward- and Backward-Looking Collective Responsibility(2014)
であり、いま一つは、
東浩紀の「ソルジェニーツィン試論」(1993)および「悪の愚かさについて、あるいは収容所と団地の問題」(2019)である。

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(3) 配布方式について

とはいえ、以上の趣旨を一同人誌のフォーマット上で仮に表現しえたとして、それはよくできた現在の記録に留まるのではないか。あくまでも自由な批評・評論の集積であることを旨とする本誌においてはそれでも問題ないようにも思われるが、同時に、いまなお進行中の事件に対峙する姿勢として「よくできた同人フォーマット」として頒布することに躊躇を覚える。

従って、荒削りなフォーマットではあるものの、読者には「制作進行」の役回り、あるいは「郵便配達人」or「代筆屋」の役回りを負っていただくのがよいと考えた。封筒に模した装丁にはその趣旨が込められている。お手に取っていただいた各人は、回収したシートに対して、死と廃墟について思いを馳せながら、自らの行程を辿り、考案し、追加することができる。反対に、積ん読にしてしまうと、おそらくページはバラバラになり、文章相互の連関をたどるのは、作画オタク的な努力なしには難しくなってしまうだろう。(それが嫌な場合にはホチキスで仮止めすることができる。)物理的損耗や散逸のリスクに対する緊張感とともに、シートを預かる役回りとともに、事件へ向かう1つの足がかりになれば幸いである。

 

手紙は必ずしも宛先に瑕疵なく届くわけではないし、変形されずに透明なコミュニケーションの道具に止まるわけでもない。衝撃によって物理的に穴もあくし、宛先不明となって歴史の穴に落ちるかもしれない。しかし、読者諸氏にはその手前で、この手紙類似の紙束に、例えば加筆し、例えば加工を加え、例えばあいだに自筆の備忘録を挿入することで、私家版アニクリを各人で作り出すことができる。手紙はその意味で「あなたの」宛先に送ることができる。

いまなお続く京アニの事件、これからもなお続く京アニの未来、そしてそれを受け取る視聴者-読者-寄稿者たち。それらの間にある転送プロセス、その連鎖を支えるプロセスに参与していただくことが、心ならずも不遇の歴史の経路を辿った京アニの喪に服し続けることであり、一回限りの喪で終わるのではなく、それに失敗しながら続けることなのではないかと考える。

 

願わくは、まずは本誌に開いたいくつもの穴にいくつもの解釈を張り巡らせていただきたい。その上で、その解釈に付随する欲望とその限界を可視化するための契機となれば幸いである。

 

(2019.11.23)

 

 

 

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夏コミお疲れ様でした。

 

さて、本年初頭から刊行についてtwitter上で示唆しておりました『アニクリvol.4s「アニメートされる〈屍体〉/葬送の倫理」』(2020.初春〜春)の刊行に先立ち、東京文フリ(2019/11/24)にて、

コピー本:『アニクリ 2019秋号vol.4.6「 “死” / “廃墟”から透かした2019劇場アニメ」』 

を発刊させていただきます。

 

[到着原稿リスト]

1.ヴァイオレット・エヴァーガーデン

・あんすこむたん「未来を示す郵便配達人 テイラーはなぜ自分の手紙を渡すために茂みから出てこないのか」

 →竹内未生コメント「過去と未来の郵便配達人」

・フクロウ「名前と媒介性」

2.天気の子論

・めんみ「自身を葬る 三つの「自然」の毀し方」

・猫鍋奨励会新海誠作品における廃墟の表象」

高橋秀明「せめて、よい夢を 代々木会館から考える『天気の子』論」

・フクロウ「令和元年日本のマニフェスト

・古戸圭一朗「重力への抵抗 "狂った世界"で生きるということ」

 →ねりま コメント

3.空の青さを知る人よ論

・フクロウ「昆布をアプリオリに優先すること」

・コラム「駆け寄られるべきは写真であってギターではない、それはなぜか?」

・コラム「あいよりあおい 空耳と時間」

・コラム「伝聞法則とその外 先回りするノイズ」

・コラム「誤差に向かって走る 大人びた子供たち」

・コラム「田舎の錆とルーティンと 頬に手を当てる仕草から」

4.[   ]

・すぱんくtheはにー「だから私はエンドロールに手を合わせた」

→ tacker10コメント「それはさながら献花のごとく」

 →answer「応答未満の自己言及、あるいは"最低"」

→橡の花コメント「 」

5.ガルパン最終章

・yono「「その後」にどう描くかということ」

6. HELLO WORLD

 ・コラム「幸せになること しかし、誰が?」

 

 

従来からvol.4sの告知はしておりましたため、すでに準備をいただいている方もいらっしゃるところと存じますが、vol.4sの作成・編纂には十分な準備を設けたく、掲題のテーマに紐づける形で2019年劇場アニメを俯瞰する号を作成したいと思います。

もちろん、vol4sで書くだろうテーマを先取りしつつ、2019劇場アニメ作品へと適用したり、比較したりする論考も大変嬉しいです。(来たるvol.4sにおける論の発展を期しつつ、編集部とのやりとりの時間を二重に確保することが見込めるため。)

※ なお、主としてアニクリ編集部の体制整備の観点から、アニクリvol.4sは2020の初春〜春にかけてのイベントにて、頒布を予定しています

 

もちろん、作品論を募集する趣旨ですので、2019年劇場アニメ作品が「死」を直接に描くものであるという解釈を取っているという趣旨ではありません。もっぱら現在の編者の関心を反映したものであり、少なくともいくつかの劇場作品の主題・演出・描写・技術に「死」という語から紐解くことで得られる視点があるのではないか、という着想のもとでの寄稿募集となります。

 

よって、コピー本のvol.4.6では寄稿者各位のテーマ設定は(もちろん各作品の主題/描写・技法等々に依存するため)任意ですので、「死」あるいは「廃墟」(あるいはそれを象徴する演出上の「水」の用い方や、3DCG・背景美術等に関する技術的側面からの検討などなど)についての見解を論考中のどこかで明示しつつ、選定作品を自由に評していただけましたら幸いです。

 

 

1、vol.4.6 検討・寄稿募集作品(例)

 

・空の青さを知る人よ
HELLO WORLD
ヴァイオレット・エヴァーガーデン 外伝 - 永遠と自動手記人形 -
二ノ国
・天気の子

・劇場版 Free!-Road to the World-夢
センコロール コネクト
薄暮
・きみと、波にのれたら
ガールズ&パンツァー 最終章
・プロメア
・LUPIN THE IIIRD 峰不二子の嘘
・劇場版 えいがのおそ松さん
Fate/stay night [Heaven's Feel]」
メイドインアビス(旅立ちの夜明け/放浪する黄昏)

etc etc..

(* 例示は対象作品を限定する趣旨ではありませんので、「これ入れろ」というのがございましたらリプライやメールなどください。なんなら特にリプなどなくとも送りつけてください。)

 

 

2、寄稿募集要項

 

(1)装丁・発刊時期:

 各々、オフセット印刷、A5、80頁程度で企画しています。

 発刊時期は、2019/11/24、文学フリマ東京です。

 是非お気軽にご参加ください。

 

(2)募集原稿様式

a. 文字数:

 ①論評・批評 : 2000字程度から15000字程度まで。

 ②作品紹介・コラム:300字程度から1000字程度まで。

 

b. 形式

 .txt または .doc

 (英数記号は原則として大文字にて。二桁の数字の場合のみ小文字推奨。)

 

c. 締め切り

①第一稿:2019/9/29(日) *『Hello World』『空の青さを知る人よ』のみ10/26(土)

(※ 第一稿に、自身で納得いかない場合には、ドラフトまたは納得いかない点を送付くださいましたら一緒に考えられますので、よろしくお願いいたします。)

② *9/29にドラフトor草案を送付した方の第一稿〆切:2019/10/13(日))

③最終稿:2019/10/27(日)

④相互コメントやりとり期間:2019/10/28(月)-2019/11/17(日)

(※ いずれも個別に連絡いただけましたら延長することは可能ですが、大幅な延長につきましては相当の期間前に相談くださいましたら幸いです。)

 

d. 送り先

 anime_critique@yahoo.co.jp

 ※ 参加可能性がありましたら、あらかじめご連絡いただけましたら幸いです。その際、書きたい作品、テーマ、内容についてお知らせくださると、なお助かります。

 ※ 原稿内容について、編集とのやりとりが発生することにつき、ご了承ください。

 

(3)進呈

寄稿いただいた方には、本誌2冊を進呈させていただきます。

 

 

以上