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書肆短評

本と映像の短評・思考素材置き場

(2015/12/21 続刊『2.5』情報追記)11/24文学フリマ #bunfree 『アニメクリティーク vol.2』+『vol.2.1』発刊 #もうゴールしてもいいよね

(2015/12/21追記)

『vol.2.0』の付属冊子、『vol.2.5 〈ゴースト〉, 不在者の倫理 特集号』を発刊します。

取り扱い作品は、まどマギ新世紀エヴァンゲリオン+『RETAKE』、ガルガンティア、楽園追放、細田守4作品、となります。

既存の文章の再編集版ですが、読みさすさ重視でほぼ全面改稿しています。

どうぞよろしくお願いします。

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以上、2015/12/21追記。

 

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『vol.2』発刊と『vol.2.1』の寄稿募集、あと(個人的な)内容紹介


Nag(@nag_nay)です。今号では、全体の紙面(DTP)構成、対象作品名ロゴデザイン、関連文献提示、あと寄稿と運営一部を担当しました。

 

(1) 『アニメクリティーク vol.2』について

今号は、(前号との比較を抜きにしても)なかなかよいと思える内容で、昨日、印刷所に無事データ送信することができましたので、ここに告知したいとおもいます。

11/24 文学フリマ東京流通センター第二展示場、ブース: オ-41)にて、A1ポスター(下の画を基調に作り直したもの)を机下に掲げてお待ちしておりますので、どうぞよろしくお願い致します。

多分無料ペーパーも配る、はず

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(2) 『アニメクリティーク vol2.1 楽園追放最速レビュー』発刊

あと、現在上映している劇場アニメ『楽園追放』についてのレビュー本もコピー本として出すとのことで、目下、寄稿募集中です。書きたいなぁというひとはメール(anime_critique*yahoo.co.jp)かDMか、とりあえず何らかの形で連絡下さい。

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(3) 内容紹介について

近日中に、アニメクリティーク刊行会HPにて個々にいただいた論考についての紹介はされていくとおもいますが、以下の、2、から、6、は、「とりあえずどんなものか見てみようかな」という人向けの、いくつかの頁画像紹介と、それにまつわる自分の雑感です。

(以下、人名については、全て敬称略とさせていただきます) 

 

 

 

2、表紙頁

 

表紙絵は、上に掲げた感じです。
前回と同じく @yopinari 君にお願いしました。身内を褒めるのもあれですが、かなりいい感じです。
特に、カタフラクトがいい感じに大破してるところは、読者の方に「なんでだろ?」という疑問とともに、考えてほしいところです。

 

 

3、目次と寄稿者一覧

 

目次です。いろいろな作品を扱いましたね。

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寄稿者一覧、制作者一覧です。HPアドレスとかも載ってるので、是非、事前にチェックしてみてください。

 

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4、特集1 虚淵玄2008-2014

 

 読んで字の如くですが、虚淵玄の携わったアニメ作品(原作作品含む)を、すべて取り上げました。そんなに詳しくないよという人は、OUTLINEにて作品紹介と評論を載せていますのでそちらから。

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(1)OUTLINE
 虚淵玄の携わったアニメ作品(原作作品含む)の内、ひとまず完結している下記6作品を、各々見開き2頁(3500字)ずつ評釈し、全体像を提示するもの。各作品評は独立して読めるものの、全体を通じて「バッドエンド」の機能を、物語で度々登場する「亡霊性」と絡めて検討する。

 ※作品一覧:①Phantom、②Fate/Zero、③BLASSREITER、④魔法少女まどか☆マギカシリーズ、⑤PSYCHO-PASS、⑥翠星のガルガンティア

 

(2)PSYCO-PASS
 makito/Nag/羽海野渉の三名の評論、および、あんすこむたんによる BOOK GIDE を載せている。評論については、評者間の相互レビューあり。
 全二者については、シビュラの描く「安らぎ」の極北としての理想社会と常守がどう折合いをつけていけばよいのかを、第一期の先を見据えて考察するというもの。そこではpsychoという単一のpassに還元できない「pass」自体の複数化という主張と、「pass」の受容形態の多元化という、類似しつつも異なった2つの提案がなされている。是非、対比的に把握していただきたい。
 羽海野論考は、そのようなシビュラから逃れる槙島聖護の抵抗としてなされた犯罪の変遷の意味と価値を再検討するというもの。観察するものとしての槙島が一役者として運命の偶然に身を預けるとき、そこに何によっても変え難い死の瞬間が訪れることになるだろう。
 あんすこむたんによるブックガイドは、笠井潔、P.K.Deickの諸作品そして『まどか☆マギカ』との連関を、作品紹介とともに提示したもの。さらに、評論、小節、映画を含む諸々の作品が「more readings」に掲げられている。

 

(3)アルドノア・ゼロ
 Nag評論。「友誼」を示すためになされた地球訪問によって戦渦を招いたアセイラム姫を中心に、「Amity llines」の価値を問うていくもの。友敵に代表されるような二項的区分の間に引かれた線を、伊奈帆のように無視=抹消するのでも、スレインのように過剰に引き続けるのでもない、線の分割というモチーフをアセイラム姫に重ねて取り出した感じ。

 

(4)翠星のガルガンティア
 Nag評論。「今を生きるという特権」というフェアロック船長の言葉を引きつつ、その特権性の上でなされた「ただ生きるだけの生」(ベベル)に不可避的に伴う犠牲に対して、レドがどう向き合っていくべきなのかを、OVA前編まで含めて検討。「今」の特権性というモチーフは、現在や現実に重ねられるべき〈彼方〉として、第二部の問題意識へと繋がっていく。

 

(5)魔法少女まどか☆マギカ
 Nag評論。「叛逆後の生」のサブタイトルのとおり、分割された秩序を、どのようにしてほむらが(融和を免れつつも)受容していくことができるのかを、「叛逆後」の時点を視野に入れて検討したもの。書いた自分的には、最後の「4、翻訳: 寓話」の箇所で、まどか☆マギカ叛逆の物語のその後を『荘子』風のノリで創作してみたら、予想に反して校閲者から何も言われずに校閲を通過してしまった(そのまま載ることになった)ため、今見るとすこし恥ずかしいものがありますね…。せめてもうすこしちゃんと作りこんでおくべきでした

 

特集1は以上な感じ。ページイメージは、下の様な感じ。

※画が入っているものは(アルドノアゼロをのぞき)全て、東方方面で活躍されていたあめいも先生にお願いすることができました。
ちなみに、折角なのでということで、絵の横に置いてあるロゴデザインや(ピンドラの細かいのとかの)背景の一部とかは、自分が担当しました。

二人で一つの画を完成させるというのは初めてのことだったので、あめいも先生にはご迷惑おかけしたと思いますが、最終的に画の邪魔をしていなかったら嬉しいところです。

 

(①アウトライン、ブックガイドページ例)

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(②通常ページ例)

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(③レビューページ例)

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5、特集2 〈彼方〉の思考---thoughts beyond the horizon

 

 〈彼方〉という語をもとに、各評者の論を取り集めた特集。

 もともと呼びかけ人からは「彼方”への”思考」というタイトルが提案されてたものの、そこはごねて「彼方の思考」に変えてもらった。僅かな違いだけど、個人的には「越境」や「移動」とは異なる視点も集められることになるとの思いから、そのように変更してもらいました(という経過報告)

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(1)『輪るピングドラム


 tacker10、sssafff+Nagの2評論。

 tacker10評論は、アニメというメディアの特性に着目しつつ、「近代/ポストモダン」という枠組みから逸れてしまう外部=「不純なる歴史そのもの」を露出させていくその手管を提案するものとして、本作を視ようという試論。そこでは役割を固定・収束させるいくつもの傾向性を、分岐・分散させる力へと転換するものとして「運命の乗り換え」が解釈される。そうして、イリュージョンに魅了された身体から多元的な仮想的身体への移行を呼び起こすものとしてアニメが機能する様が分析されることになる。
 sssafff+Nag評論は、①運命を固定する社会=「箱」と、②循環とシェアのなかで疲弊する3者関係=「輪」のいずれからも外れた、③多層化された「生」を析出するというもの。そこでは、他人の人生や他の可能性の上に佇む(つまり生きるだけで既に人の死を含んでいるという)「罰」であり「愛」が畳み込まれたものとしての「生」が、回転する林檎に重ねて解釈される。タイトルにある「輪」は、回転という運動によって(最終話、「24」の輪のように)消えつつ、その回転の影として他人の「生」の中に残っていく。それが、運命の運動に他ならない。

 

(2)『serial experiments lain』×『ガッチャマンクラウズ
 makito+Nag、makito、すぱんくtheハニーの3評論。
 最初の論では、『lain』における現実世界とワイヤードを巡る三つの実験(experiments)が対比される。最後の玲音による実験が完了することで、単層化されたものとしての現実世界を生きざるを得ないものたちとして、人々の生が描かれる。しかしそれは、因果の多層性を忘却することで生きることができる視聴者の生に重ねらるものではないかと本稿は問う。だからこそ、すべてが始まったはずの第一話[layer:01]のサブタイトルへと戻り、「奇妙さ=この世のものでなさ weird」が生まれた時間こそ分析されねばならない、と結論付けている。
 makito評論は『ガッチャマンクラウズ』のゲーミフィケーションを意志に先行する運動性の拡充として読み解いていく。そこでは、責任と結びつけられた意志というモデルの限界が示された後、運動性の速度を極端に早めるものとしての累やカッツェの振る舞いが分析される。しかし、再度、意志の契機を運動の中に導入するためのはじめ的な生活態度(複数の他のゲームへの離脱、再参入、同時所属)を基礎に、生を自らの意志で、しかし自然に変えていく作法が提案される。
 すぱんくtheはにー評論では、『lain』の遍在/『ガッチャマンクラウズ』の偏在という二つの存在の在り方が俎上に挙げられ、その偏在と偏在の両方に足をつけたものとしての人間の在り方が取り出される。それが繋がりにも移動にも還元できない、「どこにも行けないわたしたち」という人間の描像だ。ディアスポラを避けることができないなら、接続と離散の連鎖の中に生きられる「共同体」像を模索するしかないし、そうすることができる、と本稿は、希望を謳っている。

 

ページイメージを一つだけ。

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6、特集3 SFアニメ選評

新世界より/ぼくらの/電脳コイルプラネテス/ガン・ソード/ゼーガペインSteins;Gate

 sssafffとNagの分担作業。上記6作品の紹介と分析。BOOK GUIDEと同じく、各作品を足がかりとして、第一部、第二部の問題提起が拡充される余地が、各作品に見出せることを示している。

 ページイメージは割愛。

 

7、最後に------「もうゴールしてもいいよね」…

 

以上です(長かった)。

あと「なんかスクロールしていくとNagって文字すげーみるんだが…」という感想の方、あながちまちがいじゃないです。これは運営上の不備や途中での原稿落としといった「偶発事情」のゆえでもあるのですが、空いたとこの穴埋めなど含め、計95000文字(数え方にもよるけど主観的には文章17個)を、本業の傍ら、二ヶ月で書くこととなってしまいました。自分が9月に避けたいなぁと呼びかけ人に伝えてた事態のため、さっき数えて自分でも驚いています。いやはや…

※ 運営体制の改善対策については、今後はしっかりとお願いしたいと思います。

同人活動という意味でだけきりだしてみても、DTP担当と多量の文章書きを並走させるのはミスを誘発しそうで適切じゃないし、書いた量が多すぎると自己批判しつつ改稿するのも限界だし…。ちょっとアレ…

とはいえ、なにはどうあれ世に出したわけです。上の点から、自分のかかわったとこについては拙い箇所が(正直)散見されると思いますが、忌憚のないご叱責、ご意見、お待ちしております。

 文フリ当日もよろしくお願い致します。