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書肆短評

本と映像の短評・思考素材置き場

PRANK! Vol.3 Side-B 水島努評論集 『おお振り』論 #C90

寄稿告知

夏コミC90です。弊誌アニメクリティーク刊行会は3日目の東ポ15で配置されています。こちらについては別途リンク先の詳細を参照ください。試し読みもありますので是非。

 

さて、以下告知。

今夏は、いつものFani通( @fanitu )さんのところでほんの少しだけ評点をつけさせていただいたことに加え、久々にご近所の羽海野渉( @WataruUmino )さんのところで、水島努監督作『おおきく振りかぶって』についての寄稿をさせていただきました。

wataruumino.hatenablog.jp

 

以下、内容紹介+冒頭公開+目次紹介です。

 

 

 

1、内容紹介

 

取り上げた対象作品は、ひぐちアサ原作・水島努監督作品『おおきく振りかぶって』です。

原作は野球漫画として珠玉の出来でありつつ、アニメ化に際して(漫画からの単なる引き写しではなく)巧みな翻案がなされた本作について、微力ながら整理を施させて頂きました。

本稿のモチーフはある意味では単純で「プレイヤーでも監督でもない、外野席の一観客として目の前にある運動(作品)を「みる」とはどのようなことか?」というものです。

事前にご相談に乗っていただいたねりま( @AmberFeb201 )さんからは、「作品論であるにとどまらず、スポーツ論/スポーツ観戦論でもあり、『おおきく振りかぶって』という作品のみならずアニメ/スポーツを視る、という経験をアップデートする、そういう論考」と、身にあまる要約をいただき、とても感謝しております次第です。

詳しくは、下記ねりまさんの『おおふり』記事にて。

amberfeb.hatenablog.com

 

いつもながらの丁寧な仕事で、私の寄稿文いらないんじゃないかと思うほどですが、是非両方見ていただけたら幸いです。特に、夏コミのある8/12-8/14は折よく甲子園の最中ですし、ぜひ本稿とともに「野球(運動/ゲーム)を見ること」についてご一考くださいましたら、筆者としては大変嬉しい限りです。

今回の原稿は、ねりまさんに加え、橡の花 @totinohanaさんやtacker10@tackerx )さん、すぱんくtheはにー@SpANK888さんにもご意見をいただきつつ、楽しく筆を進めさせて頂きました。機会をいただいた(+遅筆に寛大なご処置をくださった)編集の羽海野渉さんを含め、皆様に厚く御礼申し上げます。

 

以下冒頭抜粋+目次紹介です。

 

 

2、冒頭抜粋

 

 

0. 0'00"00 よき観客(spectator)とは何か?

 

(1)運動の芸術

 

第一話アバン。

ボールは綺麗に宙を二つに割って緩慢に上がり、落ちたボールの映像は長く止まる。絶え間なく動いている(はずの)ゲーム中の奇妙な間を経て、フレーム外から訪れる気怠げな足音とともに、ボールは遅延させられた送球でピッチャー・三橋の下に戻ってくる。戻ってくるショットだけは唐突だ。ぶつけないように声がけだけはされているが、三橋が振り返った時にはボールはもう目の前だ。切り返しなしでただ一人、ピッチャーだけが画面中央に残される。

鋭くピッチャーを眼差す内野、憮然とした表情でミットを外す外野、そしていつまで経ってもサインを出さない捕手。”彼ら”はおそらく、ピッチャーの「正確」なピッチングに慣れきってしまっている。「正確さ」に肉薄するために、三橋がどれだけ困難な過程(プロセス)を経てきたかも知ることなく。

しかし、「正確」なだけではまだ野球(ゲーム)にはならない。その意味で三橋はまだ野球(ゲーム)に参加していない。ただの「正確さ」は、相対する者との間の運動の可能性を減らしてしまうものだからだ。

だからこそここに、”彼ら”と対照的に、息遣い荒く視線を彷徨わせるピッチャーの逃げ場のなさが見て取れる。そうして読み合いなしに放られた球は、再度正確に宙を二つに割って、映像はフェードアウトする。かくして、フレームの間に滞留する、緩慢さと性急さが折り重ねられたリズムの不安定さに、まず冒頭で視聴者は酔うことになるだろう。

アバン終了。

・・・

水島監督自身が絵コンテ・演出を手がけるこの三橋の中学生時代の回想シーンは、実は原作にはない、アニメ版『おおきく振りかぶって』にとって象徴的なシーンである。原作自体(複数の受賞理由に現れているように)、繊細な描写とともに競技としての野球を厳密に追求していることが高く評価されているところ、水島監督もまた、その緻密な競技性をアニメにする段において、その後の作品を予感させる方法論を本作にいかんなく導入している。その一つは、画面を緻密に配置することによって現れる重なり合ったリズム(polyrhythm)と偶然性(indeterminacy)のモチーフである(※1 例えば、アバンを経たBパートにおいては、三橋が西浦高校で会話ができること、声がけができることへと至る、リズムの調和(同期・回復)へと至る流れが明示されている。棒球(厳密にはナチュラルスライダーの亜種)と変化球を織り交ぜたテンポの良い投球の組み立てとその乗り越え。本作が最終的に至るのは、リズムの同期/ズレではなく、リズムの重なり合いである。第一話にはこの運動に参加する者たちの折り重ねられた視線交錯が既に予告されている。)。

本稿ではこの点を、同じく水島監督が脚本の筆をとった第1期第23話から、

①「ゲンミツに」(※2 第23話サブタイトル)、

②「5割(の意味)」(※3 西浦高校・栄口のセリフ「今日はこれで4打席バント。1回失敗してっからここで上げたら成功率5割だ。5割じゃ、バントの意味ねぇ!怖がんな!」)、

③「奇跡(の不在)」(※4 桐青高校のピッチャー・高瀬のセリフ「見ているほうはミラクルだなんだってはやすけど、あんなのやられてるほうが崩れているだけだ」)

という3つの語を借りつつ、3節に分けて掘り下げていく。

(2)「新設チームの快挙」といった物語(spectacle)ではなく

(以下略)

 

つかみの箇所だけで字数を食ってしまいましたので、そのあとの展開は本誌にて。

内容は下記の目次の通りです。

 

 

3、目次紹介

 

0. 0'00"00 よき観客(spectator)とは何か?

(1)運動の芸術(Art of Movement)

(2)「新設チームの快挙」といった物語(spectacle)ではなく
 (a)第1期 第1−12話
 (b)第1期 第13−25話
 (c)第2期 夏大美丞戦

(3)運動の批評(Critique of Movement)

1. score 野球アニメにおける「ゲンミツさ」とは何か?

(1)起こりそうなリアリティから「ゲンミツな」運動のリアルへ

(2)意味のあるデータ/意味の無いデータ

2. play 「5割」のブレ

(1)からだを他人のからだのように

(2)即興に抗する身体

3. time 「奇跡(ミラクル)」の価値は?

(1)重なりあう音と声

(2)偶然性を設計する

4. 0'00"00 No.2 批評もまた始まる

 

 

以上