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書肆短評

本と映像の短評・思考素材置き場

応用哲学会 シンポジウム 「復興にどう向き合うか」メモ

シンポジウム「復興にどう向き合うか」

 


1、松田;震災と時間


「大震災の発生時、ふだんは見えない社会の課題を示す窓が開く。その窓はごく短い期間に閉じてしまう。」(ノースリッジ大震災報告)


(1)復興「以前と以後」;震災の「影」

「創造的復興」の失敗
復興は数年間の課題となる。それに携わることに伴う事後負担 =「復興災害」by塩崎賢明
ex 制度問題;復興住宅返還、震災障害者、孤独死(医療機関からの日常的離脱)…
ex 疾病問題;震災とアスベスト、平時リスクの暴露増大
→リスクコミュニケーションの不十分さ、

「創造的復興」の2パターン
①開発復興…補助金が出やすい →利益の非被災者への移転・「置き換え」の問題
②原形復興…補助金がでづらい

「減災」という課題


(2)震災後も続く減災の課題;震災の「光」

「心のケア」
震災を契機とした防災や職業選択への好影響
体験の語り尽くしおよび日常における安全刺激へのチャレンジといった解決法
トラウマとPTSD;「過覚醒」「フラッシュバック」「凍りついた記憶の箱」

ボランティア元年


(3)一般化;「被災と復興」の時間論

①クロノス(反復と不可逆);自然災害の反復
カイロス(忘却と露開);痕跡を抹消しないための「慰霊」「モニュメント」探索
③人間的時間(間主観的融合と乖離);解釈学的構築

Question; 未然に防ぐための時間論とは?

「二つの自己同一性」
被災証明と補償にかかわる客観的同一性の風化
②シンボル化の転用;記録化による「記憶保全
③経験や記憶の再構築による自己同一性統合の努力

「生起した事象はもとにはもどせない。しかし、現在と将来に不安を抱えながらも事実に向き合い備える態度をとること、たとえば、診断治療をはやめにうける意思決定に必要な材料や選択肢を記録は提供できる」

「人間の復興」のための「社会的共通資本」の活用

 

2、清水;距離の操作と越境の拒絶


(1) 物理的な距離をとること、詰めること(距離の操作)

清水が震災時に感じたLocated-ness(場所にあること)の感覚
※それとは別に公には喧伝される「絆」という言葉=「距離隠蔽」
※あるいは村上龍「危機的状況の中の希望」における「我々」と「距離による東京の安全性」の両立?
※さらには「東京オリンピック」における「私たちのニッポン」と「東京の安全性」の両立?

「距離さえあれば、連続性が遮断disconnectできる」という感覚だったのでは?
「距離計算」「距離をとれる能力」による安心志向
構造的に発生する「特権」としての距離選択能力、即ち、距離選択できない弱者への搾取。
距離を任意に操作できる「特権」により弱者が翻弄される状況にある。


(2)クィア理論と情動的転回

interactive、interconnective、permiabilityと関わる情動affect性
それによる触覚(視覚ではなく)の重要性
Irigarayによる「唇」=能動+受動の可逆性・浸透性・融合性

しかし問題はIrigarayが述べたのとは異なり、他者との接触における抵抗性により問題がある。
つまり、他者における抵抗の経験を抹消する結果を生じさせはしないか?
ButlerによるIrigaray批判のポイント;私の身体であるところの私の「他者性」。
Prosserによる解剖学的身体表面と感じる身体との分離の主張。

Ahmedによるまとめ;接触における潜在的抵抗の感覚としての「痛み」、これこそ「私」だ。


(3)接触と分離という両義性

「痛み」と特権的「距離」を放置してしまう事態はあってはならない。
「痛み」とは他者による越境拒絶の徴、
出現した身体における統合を押しとどめるもの
(※編者注;特権を途絶させるための保護)

「越境」と「越境の痛み」の双方に留まること。
コンフリクトに満ちた場に留まること。
いずれにせよ触れ合い、また触れ合わざるを得ない私が、その痛みにこそ留まるべき場がある。


3、金田(住職);心の救済と希望


(1)物語的存在としての人間

時間、空間、結束点としての私(私という「仮」の存在)
傾聴活動(未来をふくむ時間・空間にわたる声を聴く


(2)宗教経験としての震災

震災当夜;無常の雪、満天の星空、三陸の大量死体という宇宙的経験
宮沢賢治「なめとこ山の熊」;宇宙の彼方からの視点
職責の全うの困難性(教理教義では解釈できないもの)
49日追悼行脚での歌の選択ができない牧師
ナーガールジュナの認識論の現れに他ならない。


(3)心のための場を作る、Cafe de Monk

フランクルの遊び心?
公共空間では不況はしない。心のこえを聴く
自他の境界性を越えていく作業;自他不二
悲劇を慈愛で、智慧の自己転回見ることとしての慈悲。
傾聴空間の構築(禅堂、祈りの場、維摩の方丈)
「衆生病むゆえに我病す」を地でいく活動。


(4)創造される物語

位牌や数珠、地蔵といった精神風土が、物語を動かし、心をケアする。
精神風土=人がそこに過去に死んだ人、物語を見出すもの。伝統行事。
ex 一つの地蔵に、どの祖父母も孫の顔を、のこされた妻は夫の顔を見出す。
ex 灯篭がひとつの場所に集まったのをみて、死後の合一を見る
ex 三年目にはじめて咲いた花を見て死者との共存を見る
傾聴活動では答えを出さない(無言の会話でもよい)、待つことのできる場の設定
ケアの方法は、その土地の歴史や精神風土から生み出された様々な文化にある。
奪い、与える海。

 

4、討論


(1)「置き換え」について、補足説明。

地蔵のことででていたが、震災前の時点に、その戻れないときにどう埋めるのかが問題。
ひとつは宗教であり、臨床心理の問題、他方では金銭や権力の問題。


(2)トラウマからのケアとして哲学の役割について


(3)時間の構築・統合について、記録によって構築された記憶というのは、一人称単数から一人称複数、あるいは三人称複数への主体変遷がおりこまれているのではないか?


(4)「痛みの持つ多義性」というのは、「痛み」概念自体の多様性・多義性を、すこし縮減させていないか?
→ 接触における「痛み」を確かに「還元」をしているかもしれないが、政治的に考えていくときに必要なものだと考える。


(5)