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書肆短評

本と映像の短評・思考素材置き場

7/28-9/15 3学期:「ひらめき☆マンガ学校」改め「☆」 西島大介・さやわか #genronafe

【3学期1時間目】 7/28 ひらめき☆マンガ学校 西島大介・さやわか #genronafe 

 

1、一学期の振り返り

(0) ばるぼら書評

「ひらマン=ポストモダン」(「さるマン=モダン」)

・マンガ概念拡張

・マンガ家概念拡張

(1) コンセプト

漫画家のデビュー方法の多様化・マンガ自体の多様化

あらわれ;

・1学期のテーマ「底にある何かをそっとマンガと呼ぶ」

 →マンガをはみ出すもの(ex.801ちゃん:少年ジャンプ的な「うまさ」は必ずしも要らない?)

 →西島大介凹村戦争)的な(非-緻密、非-リアルな)マンガに重ねられる

 →しかし、マンガ学校は西島大介的な批評精神を育てるつもりは無い。

  (先生-生徒関係を造りたいわけではない)

 →西島にはとらなかった「裏ルート」の探究

 →マンガを書きたいわけではない。

(2) 一学期で提示した「理論」

・構図とこまわりはパクれる

・かける絵で物語を作る

・漫画家とは「肩書き」である

 ex.)バスタード、ハンターハンターなど「下書き」レベルのものが雑誌に載るのが通常化

  →下書き練習に使えそう。

 ex.)ネギま(マスプロダクト物):15分版、30分版を描いてみる

 ex.)ディエンビエンフー(ある意味では手の込んでいない「見開き」の利用)

(3) 「理論」の結論

・完成させる事が重要

・掲載される事が重要

・絵に応じた物語を呼び込む

・「めくり」(ex.泉信之的な「めくり」の快楽)を持続すればマンガ

 (白は塗りつぶせば「締まる」)

 →みんなが社会的に見られたマンガ家として登録されることが重要だった!!

 

2、2学期の振り返り

(0) 残された問題

・2学期のテーマ「関係」

・生徒の伸びしろがみえなかった?

(1) コンセプト

・生徒内格付け:

 →失敗:あくまでも従来のマンガの書き方がうまい人を上位に置いてる

(2) 二学期の「実践」:編集者による生徒格付けの再チェック

・格付けとは別の「褒められ方を探そう!というもの

・編集者によって意見がバラバラであることを知る。同じ漫画が、ある人には貶され、ある人には褒められる。

・全員に褒められるマンガなど存在しない:従って、協調できる、かけがえの無い「誰か」を探し始めるべき。

 ex.)マンガ編集社に限らない(西島の凹村戦争のパターン:編集者はネームすらみていなかった)

・「誰か」を探すことを宿題とした

(3) 「実践」の結論

 ※2巻の①〜③を参照

 

3、3学期

(0) 残された問題

・既に達成してしまった③の人はどうするか?

・漫画家は(大ヒットしても)終わらない

 (完成しなかった/書き続けられない…)

(1) コンセプト

・マンガ学校では漫画技術を特に教えていない

・本人の資質に対応した行き先を見付けること 

(2) 3学期の「改善」?「元戻り」?

・仕事をしつつ「一からの投稿」「旅」をやり直す必要はない?

・最終的にはネット・電書にいくかもしれないが…

・生活指針(5万部という小目標) 

(3) 総評

・謙虚?

・悩みが1、2学期からかわってない。悩みがもとに戻ってしまう。ループ。

・漫画家であることが個々人の幸せに繋がっていない

 (アニメ化は幸せに繋がるか?---ヒットとは=打ち切りにならない、ということ?)

(4) 西島からの質問・まとめ

・「マンガ学校役に立ってる?」

 「夢」を「現実」にしていく過程で現実のほうに囚われてしまう。(この過程を充実に変える事は簡単) その中で、安定する現実(漫画家として無限に続く目の前の〆切)しかなくなってしまう。(仕事に追われる、そんなに楽しくもない、さほど儲からないかも…)

・では、その後は?幸せとは?

 夢だけを追う(①)、現実だけを見据える(③)、その折衷案(②)…どれもいまいち…

・別の夢と併置している西島大介(マンガという現実に加えて、音楽家DJ魔法使い活動、を行っている) 新たな活動である限り、ゼロ発進。むしろ、マイナスからのスタート(新規産業開発のメリット:勿論斜陽産業の基礎も重要)ともいえる。

・「それは現実逃避では?漫画家の活動としての成功ではないではないか?」という疑問について。

 とはいえ、漫画家を選んだ以上、死ぬまでマンガ家なのであって,人生そのものがマンガ家とさえいえる。

 →「既存のマンガの活動を想像するのではなく、マンガ概念を拡張しましょう!」

 

Q.)西島先生への質問

①2004年デビュー前からの移動の時期、何を考えていたか?どのように進路選択をしていったのか?どのように生活を成立させようと、(下手をすれば)どのように戻ろうと思っていたのか?

②人生がマンガ家とはいっても、すべちょてんでは、あの踏み絵形式がないと原画展なんてできない、としていた。そのようなマンガ家としてのやり方の拡張の案というのはどういう形があり得るのか?モデルケースの思考・提示?そのような経験の人に、今回のマンガ学校がどう与えられるか?

 

Q,)西島-漫画家の仕事のその先の夢?

・当初は、「SFしかしない、早川としかしない」と行ってきたが、そのうち、講談社に流れた。

・挫折してからの再スタートとしてこの頃がある。

・とはいえ、早川からは、単行本が出る。忘れてた夢に戻ってくるということは、よくあること。(早川から3冊目の本が近日中にでます。)

 

Q.)「技術」ではなく「未来」?なぜマンガ技術を教えなかったのか?

・本編とはマンガ家として生きていくという事

・「ゼロアカ道場」の初期は面白かった。その続きという感じで、ひらめき☆まんが学校はやってるつもり。(ちなみに、コンセプトは同じなんだけど、やってる内容自体はゼロアカの反対:たとえば、脱落者いない)

 

Q.)「夢100%」を維持する人は幸せになれるか?

・なれないのでは?

・自分のやっていく事、やっていきたい事に「納得」を作れるか問題。

(ひらマンは、早々に諦めたい人にきっかけを与えることでもある)

・西島:僕はまんがを作歌として好きではありつつ、アニメが本当は好き。本当はアニメ(アニメ作家)に申し訳ないことをしないつもりで、マンガを書く。「誰に対してこれこれをしたい」というつもりで、関係ない仕事の中に、ちょっとだけ、そっと付け加える。すきなものへの申し訳なさの感情をもちながら、(もっとも好きなものとはいえない)漫画家の仕事をしている。勿論、別のジャンルで仕事をするから、「夢」が消えてしまうわけではない。「夢」を漫画家の活動の中に混ぜ合わせる事ができる。

 

Q.)「誰か」との知り合い方・特に地方では難しくなっているが?

・ひらマンの場所性・客などとの関連が出てくる

コミティアの出張編集部にいくのがいい?街コン的な?

・ひらマンは最終的には、表現がすごいから売れるというのではなく、人との関わりが作品を作るという趣旨

 

4、宿題

・自分の「4年後」の仕事(ex.映画のフィルムなど)の一部を、形として、持ち帰って来てください。この問い自体の意味をよく考えて解釈してください。

 

 

【3学期2時間目】 8/25 ひらめき☆マンガ学校 西島大介・さやわか #genronafe 

 

1、前回までのあらすじ

(現状)

①強制的にマンガ家になった、

②その後「誰かさん」との共同作業へ(生徒の3グループ分け)

③「夢グラフ」との照合(「夢」の継続が出来なくなる:呪いとしてのマンガ家)

 「夢」に向かう→「現実」化する→「現実」のみになる(という袋小路)

 上記袋小路からの脱却路:人生の全てがマンガ家としての活動となるためには?

 

2、宿題の意味

・そもそも、4年後の成果を持ってくるということ:単なる予測や目標ではない。未来が決定されているということを意味する。

 では「未来が決定されている」ということの意味とはなにか?

・未来を実現する=未来を現在において先取りする(単に未来を持ってくる)

 それは「みなが③状態になる」ということを意味する。

・マンガ学校「後」の自分が分ってしまうということ。教えられる時間の先にあるということ。その先取り。それは、卒業後のセカイを把握しているということを意味する。既に未来への気づきがあるセカイ、ある種の死んだセカイではあるが、その死を乗り越えて行ける世界でもある。

 

3、講評(技術ではなく、卒業適正の判断)

①火ライツ:卒業

 「マンガ家とは何か」を彼女自身見いだした。マンガ学校に来ないという判断を尊重。

②いのしげ:卒業

 器を作ってきた

③はしもと&まつい:卒業

 作品が喜びに満ちている、家族がいてマンガがかける、ということ

 家族の存在に酔って確定するという仕事=マンガ(仕事よりも、家族がよく見えているという事)

 マンガの優先順位は低いので、生活に寄り添うマンガという一は揺るがない

 日常の息抜きとしての「夢」を与えてくれる場所としてのマンガ学校の機能を与えてきた

 彼らにとってのマンガの役割(家族内マンガ)

④S=nov:×(要進路相談)→卒業

 (商業媒体に載ったけどそういうことをしたいわけでもないので)二次創作同人として行っていく「さやわか×西島」同人

 西島さやわかという環境毎「家族」のようなものとして学校が機能した:だからさやわか×西島を題材に同人を書いてくれたはず。

 創作にまつわる悩みがまだ残っている、だから、卒業はさせない。

 (マンガと結婚就職が並列の位置づけになっているというパターン)

⑤谷川イッコ:卒業

 宿題:新作のネームの1ページ(ワタモテではない作品)

 「ネーム送っときました」→ネーム見る、というコミュニケーションが出来てる

 現状維持、他の媒体で凄い事をやろうとは思っていない

 自分の価値が下がっていく可能性まで淡々と見通している

 4年後にいってネームだけをもってくるという簡潔さ=職業マンガ家としての立場を維持できている

⑥小田切:卒業

 現状維持、取引先を増やしながらやってる

 成長、文句無くなった

 安定したサラリーマン的マンガ家

⑦米代:卒業

 宿題:アフタヌーン短編集のゲラ

 大人の考え方で創作を続けられるようになっている

 漠然とした希望に満ちているという問題

 この頃始まった初連載の話が全く触れられていないという問題

⑧木村:卒業

 (映画〜マンガ家という4年間、マンガ家〜映画)

 宿題:ディエンビエンフーへのオマージュとしての画像、ロケハン画像

 目標とプランが合理的

 どことなく漂う無理だろ感が問題?

⑨椋鳥:卒業

 宿題:老×老特集

 なってる、という理解の下でメール文面を書いてほしい

⑩木村:卒業

 現在から捉えてしまっている(結局現在から見られた「夢」しかない)

 ポジティヴに考えるとアートとして生きていける?

 しかし喰えてなさそう…未来からの作品に切なさを感じる…

 職業としてのまんが家を諦めているという事?強さを感じない。

 ピュアすぎて誰も手が付けられない:アートとしての生き方を模索したらいい?

 4年後の事を想定できないということは、自分も変わらないと思っているという事…

 学校でしか評価されない存在…(だからこそピュアさが保存されている)

 (マンガ学校を超えた協力に確定した未来がある)

⑪紫揺:卒業

 宿題:カラーイラスト、4頁ネーム

 絵がうまくなってる

 人生におけるマンガの重要度は低い、きまぐれ感

 ライトな木村:無理内形でマンガに向き合っている

⑫ふみふみこ:×(要進路相談)

 宿題:雑誌表紙、8刷の巻末写真

 本自体が同じでも奥付数字の変化が価値であることを理解している

 表紙も奇を衒ってない

 本人に大変な重圧がかかる、色々な人に相談したがるタイプ?

 不安定な意味で分らない感…

 要、進路相談

⑬しまどりる:×(要進路相談)

 非商業、商業いずれも問わず。

 「絵描きでいい」、不満も不安もない

 書く事をキープするという判断

 物語設定を自分で作れるというのは相当な成長

 しかし、勝ち負けの基準が少ない点が難しい。

 奈須きのこと仕事がしたい、とかいう気持ちが後退しているのが気になる…

 マンガ学校の理念には沿っているが、自分の目標のぶれが気になる

⑭mot:×(要進路相談)

 ネガティヴ、愚痴っぽい

 名刺によって肩書きが決まるというのは、一学期ラストと同じでは…?

 

4、宿題のまとめ

(上記の生徒たちの3カテゴリー分け)

 ①②  :人生の中にマンガが無くてもいい人

 ③⑧⑨⑩:人生の中にマンガがあればいい人

  ※含ム④:自分がどうするかは分っている、安定の中の創作活動に行けるのでは?

  ※含ム⑪:上に同

 ⑤⑥⑦⑨:仕事としてやっている人

(進路相談)

 ⑬しまどりる(相談→卒業)

  仕事に入った事に酔って、どのように仕事をすればいいかを悩んでしまった

  人生の中にマンガがあればいい人に近い

  という事は商業的に作れるはず、なのに進めないというもやもやした状態…

  ということで、

  解決策:宿題を「いま」やればいいのでは?この4年後の自分の実力を利用できる

  4年後の作品を作ることで、今を変えられる。

  「未来をたぐり寄せる」宿題の最大の裏技!

  星海社以外に持っていく可能性

 ⑫ふみふみこ(相談→卒業)

  ふみふみこはマンガに縛られている?

  西島弟子?

 ⑭mot(卒業→???)

  mot問題:過去、現在、未来まで一貫して不満が有る

  ・はしもと型過去から未来まで通じた幸福でも、ない

  ・椋鳥型未来好転パターンでも、ない

  ・しまどりる型現在への持ち帰りパターンでも、ない。

  名刺「だけ」が増えていく問題に嵌ってる。

  将来の自分にとってのマンガの意味が分っている???

   →motだけ、卒業できず。次回へ続く!  

 

 

【3学期3時間目】 9/15 まんがを超えてどこまでも。「さようなら、ひらめき」 西島大介・さやわか #genronafe 

 

0、導入

・宿題の意味は、「なりたい自分」ではなく「なっている自分」。それは「決定されている未来」へのショートカットを構想するということを意味していた。

 (4年後の自分、の意味:4年前からの今までの反転 + もはや先生がいない状況での自己選択、を予想するということ、だった。)

 →それは人生を考えるということであり、「まんが家」指南ですらない。「ひらめき☆まんが学校」ですらない、「ひらめき☆学校」としての役割、がここには込められていた。

・しかし、motがもってきたのは「名刺」:まんが家、イラストレーターとしての”肩書き”

 これでは、内容上の「変更」がないということになってしまいかねない?

 

1、motの可能性

(現状の不満の原因のありうる可能性)

①実現可能:大きすぎる生:1学期で解消されたはず

②理想に向かっていない:1学期で解消されたはず

③方向性が違う:2学期で解消されたはず

④受け入れられない周囲の問題:2学期で解消されたはず

⑤望みがないこと自体が不満。何をしたいか分らない:2学期で解消されたはず

⑥不満のある自分に満足:???

 …

 …(自己分析では、)④か⑤であるという問題?:それは、2学期の過大では解消されてなかったということ?ループにはまり込んでいる?

 

(motに対する講師からの評価)

・前回の最後から。「自分を出さない」:たとえば、motさんの描くソフト百合?(変名)それを宿題としてださなかった…

・そもそも、a.)不満を作品に出していないし、b.)不満を作品に出さない事にも不満?

西島大介ではなく、TAGROファウストで描いてた、青春上の自意識のねじれを描く、絵柄がpop)が先生として適任なのでは?

TAGROの経歴として、「Don't trust over thirty」のようなものを描いたわけではなかった。よって、TAGROのもとで頑張ろう。

(不満状態にいること自体に満足している人の処置は、ひらめき☆まんが学校の方針/対処ではどうしようもない。継続不能状態に近い。)

 

2、解決・卒業要件

・対処①マンガをやりきらない

 または

・対処②不満をマンガに肯定的な表現に繋げる(TAGRO方向)

 

3、まとめ

・motさんの問題:まんが学校の最も難しい部分。もはや教えることはできない。生きるしかない。

  →教えをもたらす「ひらめき☆学校」ですらなくなった。単なる「ひらめき☆」。

・では「ひらめき」とは?:発想の転換のことを意味する。

・そこで、これまでの振り返り

 ---1学期1時間目:富樫マンガも十分「マンガ」である(原稿料でている、ジャンプに載っている) →マンガ概念の拡張

 ---1学期2時間目:マンガ家の経済(コスト)を考える:荒く完成させることの重要性

  →ネギま!の30minuites_ver、15minuites_ver、1minuites_ver

  →物語と絵のデフォルメ度(クオリティ度)の連関

 ---1学期3時間目:台詞の入れ替え実験:めくらせる快楽(I Care because you doの白紙頁) →「マンガの文字情報は何でも構わない」

  【まとめると1学期は紙の上で発想を転換する、その理論と実践】

 ---2学期1時間目:相互格付け=市場調査的なもの

  →自分の描きたい無いようでは無く、他者からの期待に定位する

 ---2学期2時間目:自分×(  )=大活躍 図式

  →()内の事柄をかえれば、予想外の変化が生じる

 ---2学期3時間目:西島-[塩沢-大塚-太田] 図式

  →関連者地図の拡げ方、カリスマ編集者逆滅多切り

  →マンガの評価/面白さは、絶対ではない

 【コミュニケーションでマンガを発展させる】

 ---3学期1時間目:夢100%グラフ:夢を叶えてもマンガ家は「終わらない」

 ---3学期2時間目:自分にとってのまんが、の位置を与える

 【当たり前になっている事をショートカットする技術=ひらめき】

・ひらめきはだれによってもいい、学校ではなくてもよい。ひらめきを各自が発見できたこと自体が、「卒業」の意味。

・では、「ひらめき」を自らにもたらすこと自体が、「あたりまえ」になっていったら?

 →ひらめきすら消える。「ひらめき☆」から、単なる「☆」へ。

 

・「☆」とは何か?

 星の生命の長さ:ひらめきよりも、学校よりも、まんがよりも長い。星の光とは、時間的に、既に過ぎさったものでありながら、そこに留まり続ける遠い思い出、追憶のようなもの(未来を持ち帰るとは、その光を現在(=4光年先)に届かせるような作業に相当する)

・そういえばあのとき何かがあった様な気がする、というような思い出としての、かつて「ひらめき☆まんが学校」であった「☆」。それは、「まどまぎ」における概念、のようなものにあたる。都度生ずる新しい現実に対応し続けるための記憶になってほしい。